明日は松山公演です!

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明日はふるさと愛媛でのライヴ!

松山 W studio RED でお待ちしています!

 

アンプヘッドの上にはいつもの通り

塗り壁とフィンガーイーズと湿度計。

これで完璧!

 

| - | 20:28
ツアー『覇道』佐賀公演 ありがとうございました

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ツアー『覇道』佐賀公演、

佐賀GEILSに集まってくれた皆さん、

ありがとうございました!

 

お久しぶりの佐賀でのライヴでしたが、

始まった瞬間から

皆さんの魂が "どん!どん!どん!"

と胸に響いてきて、

最後まで幸せ一杯・胸一杯でした!

 

皆さんと一緒に「覇道」の一歩を

踏みしめられたことを誇りに思います!

 

本当に、ありがとうございました!

| - | 23:00
ツアー『覇道』福岡公演 ありがとうございました

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ツアー『覇道』福岡公演、

DRUM LOGOSに集まってくれた

熱い魂を持った皆さん、

ありがとうございました!

 

ツアー初日とは思えないほどに

熱く、そして暖かい雰囲気の中、

”覇道”の第一歩としてこれ以上ないほど

最高のひとときでした!

 

皆さんにもらった魂で

この先も極太の覇道砲を発射してきます。

本当にありがとうございました!

 

ということで、明日は佐賀公演。

佐賀GEILSでお待ちしています!

 

| - | 16:23
ツアー2018『覇道』開幕前夜

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台風による影響が心配されていましたが、

明日のツアー初日・福岡公演は

どうにか問題なく開催できる見込みです。

 

ですが、地域によっては悪天候も予想されますので

どなたさまも気象情報や交通情報に十分ご注意の上

お気を付けてご来場ください。

 

皆さんと無事にツアー初日を迎えられることを願いつつ、

福岡DRUM LOGOSでお待ちしています!

 

| - | 20:44
覇道砲

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ツアー2018『覇道』のリハーサルは

滞りなく終了しました!

ねるねるねるねよりも錬りに錬った

魂の波動砲…ならぬ覇道砲は

発射寸前です!

 

天候の不安などもありますが、

ツアー初日の幕が無事上がるのを

楽しみにしたいと思います!

 

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| - | 11:57
リハーサル開始

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台風が接近しつつある中ですが、

ツアー『覇道』のリハーサルを開始しました!

皆さんに楽しんでいただけるライヴをするため

みっちりむっちり練り上げていきます!

 

皆さんはアルバム『覇道明王』を爆聴して

みっちりもっちり魂をたぎらせながら

待っていてください!

 

 

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| - | 22:10
黒猫の誕生日

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本日は陰陽座が誇る歌姫にして迦陵頻伽、

黒猫の誕生日です。

アルバム『覇道明王』が

最高で最鋼で最煌の形に仕上がったことの

最も大きな原動力であり、

陰陽座が誕生するにあたって

最も重要な存在であった黒猫が

この世に生を受けた記念日を

心からお祝いしたいと思います。

 

黒猫に、ほんほんえーい!

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| - | 13:09
このたびの大雨で

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このたびの西日本を中心とした大雨により

被害を受けられた皆さまに

心よりお見舞いを申し上げます。

 

瞬火、招鬼、狩姦の故郷である

愛媛県にも大きな被害がありましたが、

メンバーやその家族はすべて無事でした。

ご心配いただいた皆さまには

深くお礼を申し上げます。

 

一日も早く事態が収束し、

平穏な日常が戻ってくることを

切に願っております。

 

僕たちはいま取り組むべきことに集中し、

それを心から楽しんでいただける日のために

備えたいと思います。

 

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| - | 11:49
『覇道明王』瞬火による全楽曲解説

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アルバム『覇道明王』の全楽曲解説をお届けします。

毎度ながら、このブログページの書式の操り方が分からないため

読みづらいところがあるかと思いますが

『覇道明王』を楽しむための一助になれば幸いです。

(この全楽曲解説は、陰陽座公式嗜好倶楽部『式神倶楽部』

 の会報誌『式神絵入庵』に掲載されたものを加筆・訂正したものです)

 

 

「覇王」

“ひたむきに音楽を創り、堅実にそれを演奏する”という、当然としか言いようのないバンドとしての在り方。それを道に例えるならばまさに“王道”、“正道”とはこのことであるというのが陰陽座の結成当時から変わらぬ信念ですが、20年近く活動してきた中でひしひしと感じるのは、どうやらその道は、この世界では“邪道”に類するものである、ということです。“王道”、“正道”を行くバンドとして認定されたいならば自らの信じる道を曲げなければならないわけですが、言うまでも無く陰陽座はその選択肢を取れるバンドではありません。第一、その道をこの世界では“覇道”、“邪道”と呼ぶのであれば、呼び方などはどうでもいいことであり、“その道でどのように歩むのか”だけが重要なことだと言えます。陰陽座の行く道が“王道”に徒なす“覇道”なのだとしたら、その道程の中で目の前に現れる様々な悪しきものを粛々と降伏しながら、一歩一歩踏みしめて歩む明王とならん……アルバム『覇道明王』のタイトルには、そういった意志が込められています。つまり、本来の行いとは逆の呼び方をされようとも、“望む呼び方を得るため”に、歩むべき道を曲げることはできないということであり、それが“陰陽座は覇道を行くバンドである”と自ら標榜するのを辞さない理由です。前置きが非常に長くなってしまいましたが、アルバム『覇道明王』の冒頭を飾るこの「覇王」という楽曲は、読んで字の如く事実上のタイトルトラックであり、陰陽座の“覇道を行く”という宣言を、荒々しく、雄々しく、そして慈しみ深く歌い上げる、まさに“陰陽座としての覇道”を歌った道歌(どうか)と言えるでしょう。これまでの陰陽座にはなかった重厚感や躍動感とともに、黒猫の歌声による“同じ道を歩んでくれる人たちへの呼び掛け”を、魂で受け止めていただけたら幸いです。ちなみにあえて付け加えておくならば、この世界で生き残るために己の道を曲げるのが悪で、曲げないのが正義ということはまったくありません。どんな道を行こうと、それが己の信念による歩みであれば誹られる謂われは一切ないでしょう。ただ単に、陰陽座は“それをしない”という信念を持っているからしないだけの話で、それ自体、何ら偉いわけでも格好良いわけでもありません。自分たちと道を違えたものを悪と決めつける意図は一切ありませんし、この道を選んだ自分たちを褒めてほしいわけでもありません。ただただ純粋に陰陽座はこの道を行くしかないのだと宣言しているに過ぎませんし、何よりその宣言として創られた肝心の音楽がファンの皆さんに楽しんでいただけるものでないならば、そもそもどんな宣言をしようと何の意味もないことであるというのは大前提のことです。少なくとも僕たちの手応えとして、この「覇王」という楽曲がその宣言としてこれ以上ないほど相応しいものになったということは、胸を張って断言できます。

 

 

「覇邪の封印」

陰陽座が“覇道”、“邪道”の徒だとして、仮に“覇邪”と呼ぶとするならば、その“覇邪”である陰陽座を封印せんとするものに対して陰陽座の叫ぶべき詞(ことば)は?というテーマの楽曲です。“覇道明王”たる陰陽座の、魔を降伏するという部分を歌った楽曲とも言えるでしょう。7弦ギターと5弦ベースのLowB弦を主軸にした重厚な勢いと、それでいて流麗な疾走感をも併せ持った、アルバム『覇道明王』を代表する楽曲のひとつであると同時に、ツインギターの絡みが織りなすリフには、ヘヴィメタルファンなら抗うことのできない魔力が宿っていると確信しています。そして何よりも、そのバンドサウンドを貫き、さらに牽引して昇華させるがごとき黒猫のヴォーカルは、まさに唯一無二と言わざるを得ない強力な歌力(うたぢから)に満ちています。力強いサウンドに負けない強靱さと、楽曲を単なる“激しいだけの曲”にしてしまうことのない艶やかでしなやかな表現力。やはり、黒猫という歌い手がここまでの歌い手であったればこそこういう楽曲を創ることができるのであり、そのおかげで陰陽座というバンドの音楽が成立しているのだと、あらためて痛感する1曲です。そしてこれはアルバム全編で言えることですが、誠さんの堅牢にして堅実なドラムがもたらす安定感と躍動感は、“これぞヘヴィメタル!”という力強さと“ただのヘヴィメタルではない!”という可能性を追求する陰陽座のサウンドにとって今やなくてはならないものであると、誰もが思えるものではないでしょうか。冒頭の「覇王」で揺さぶられた魂が、この「覇邪の封印」により疾風怒濤の勢いで駆け出す、ということを明確に意図して作曲、配置されていますが、その目論見は見事に成功したと自負しています。

 

 

「以津真天」

“以津真天”という妖怪がいます。原典となる『太平記』によれば、顔が人面の怪鳥で、曲がったくちばしと鋸のような歯を持ち、身体は蛇のように長く、両足には剣のように長く鋭い爪があり、羽根を伸ばすと一丈六尺(約4.8メートル)という姿で、鳴き声は「いつまでも」なのだそうですが、この楽曲はその妖怪のことをそのまま歌ったものではありません。「いつまで(も)」という、名前や鳴き声から、“何”が“いつまで(も)”なのか、ということを想像しているうちに、そこに陰陽座というバンドの姿を投影してしまったというパターンです。舗装された道を快適な乗り物で行くのとは真逆の、道なき道を素手で切り拓きながら前に進むという陰陽座の歩み方。そのような無茶が一体いつまで続けられるものなのか。とはいえ、ここまで来たらこのまま行けるところまで行くしかない。いや、むしろそれしかしたくない……そういったある種の決意表明と言うべき楽曲です。この楽曲に限らず、バンド自身の姿勢や矜恃を歌詞にした楽曲が今回の『覇道明王』では多く見受けられますが、ヘヴィメタルバンドとしては決して珍しい手法ではありません。むしろヘヴィメタルならでは、とさえ言える、ひとつの様式美であると僕自身は思っていますが、その手法を多用するのに、今回の『覇道明王』ほど相応しいアルバムはなかっただろうというのが率直な気持ちです。スラッシュメタル然とした斬れ味の鋭いリフを持ったストレートな展開の楽曲ですが、黒猫の巧みな歌唱でひと味加えられていることにより、爽快な聴き応えと耳に残るメロディとの絶妙な融合が成されていると思います。同じく、黒猫の歌と呼応するかのようにそれぞれの持ち味が良い意味での“癖”となって表れた招鬼と狩姦によるギターソロも大いなる聴き所です。

 

 

「桜花忍法帖」

先行シングルですでに聴いてくださった方も多いと思われる、TVアニメ「バジリスク 〜桜花忍法帖〜」のオープニングテーマ。この楽曲だけを聴いたとしたら、キャッチーなメロディのイメージが優先的に印象に残ると思いますが、当然この「桜花忍法帖」を創るときにはこのアルバム『覇道明王』のことも頭にあり、そこに収録されるであろうということも想定していました。ですので、耳に残るキャッチーなメロディは当然必要だとしても、創った本人の感覚としては屈強なヘヴィメタルアルバムに収録されるに相応しい雰囲気は十分持たせたつもりです。実際こうやって収録されてみて思うのは、『覇道明王』の中の1曲として何の違和感もなく、『覇道明王』の中に於いて陰陽座のキャッチーな要素を強く担う楽曲としてキッチリ役割を果たしている、ということです。逆に言えば、『覇道明王』に収録された他の楽曲も、屈強で荒々しいサウンドの中に煽情的で鮮やかなメロディがしっかりと詰まっていますので、この「桜花忍法帖」だけが浮いてしまう道理はそもそもないのです。さらに踏み込んで音楽的なことで言うと、楽曲の内容というよりはミックスの方向性という意味で、各楽器の音の肌触りやヴォーカルの立ち位置など、アルバム『覇道明王』で新たに到達したと思っている理想の音像に向けた実験を、シングル『桜花忍法帖』で行ったという経緯があります。その実験が成功し、今回の『覇道明王』のサウンドへと繋がったという意味でも、この「桜花忍法帖」という楽曲は『覇道明王』と切っても切れない楽曲なのです。もっとも、そんな能書きは必要ないほど、瑞々しくも逞しく、儚い中にも強さを持った黒猫の最高の歌声が聴ける、実に陰陽座らしい、陰陽座でしか創れない楽曲に仕上がっていると自負しています。

 

 

「隷」

“隷”という字を“しもべ”と読むのはいささか意訳というか意読(いどく?)という気がしないでもないですが、“つきしたがうもの、しもべ”という意味がある文字ですので、あながち的外れな当て読みでもないと思っています。この楽曲は“創作意欲”という、創作に携わる人間にはなくてはならない意欲について、やや斜めからの視点で捉えて歌ったものです。創作意欲というのは、尽きてしまえば創作ができないわけですから前述のとおりなくてはならないものではありますが、あまりにも度を超えて旺盛だと、本当にそれが自分自身の中から湧き上がるものなのか……もしかすると、超自然的な何らかの“意識”(他人という意味ではなく、本当に何らかの目に見えないものという意味)によって自分という“しもべ”が操られているのでは……?などと考えてしまう瞬間がある、という、「ちょっと何を言ってるか分からない」と言われてもしょうがない内容を歌っています。ですが、本当に自分で「なぜこんなに次から次へと“創りたい”という気持ちが湧いてきて、しかもそれがずっと持続するのか」と、ちょっと気味が悪くなることがあるのです。なので、これも一つの妖怪現象というか、もっと端的に言えば“自分は奇人変人の類なのではないか”という不安や疑問を、自問自答してみた楽曲という感じです。どのくらい異常な創作意欲かと言えば、結成20年に近いこのタイミングで、『覇道明王』が完成した直後にもう次のアルバムを創りたくてしょうがない、という気持ちになっているくらいですから、やはりちょっと気味が悪いですよね……もっとも、もう創りたくないというよりは、明らかにバンドにもファンの皆さんにも利することですからそれはさておき……獰猛なリフが荒れ狂いながら、コントラストの効いた展開などもある、やはりこれも非常に陰陽座らしいと言いたくなる魅力的な楽曲に仕上がっているのではないでしょうか。ピリッと効いた阿部さんのピアノがミステリアスな雰囲気を増幅してくれていて、なおかつ、“異常に旺盛な創作意欲”という魔的なものに宿る“陰と陽”を浮き上がらせてくれているような気がします。そしてこれもこの楽曲に限らず、全体的にヘヴィメタル然とした雰囲気を重視しているため阿部さんのピアノや打ち込みの音などは控えめになっている場合が多いですが、そんな中でも要所でしっかりと効く阿部さんのピアノはやはり絶妙であり、現在の陰陽座サウンドに於いてなくてはならない要素だとあらためて思わされます。

 

 

「腐蝕の王」

“腐蝕”という言葉を聞いて、真っ先に良いイメージを抱く方は少ないのではないでしょうか。“腐ってしまう”“朽ちて駄目になってしまう”という印象が強い言葉ですよね。しかし、この“腐蝕”を明確な意図を持って能動的かつ生産的に行うことで、あえて物質を変質・破壊させ、望む形や状態に変化させるということもあります。陰陽座のヘヴィメタルには、より良い音楽であるべきという信念のもとに破壊や変質、そしてそれらの融合というプロセスが確実に存在していて、それは僕たちの誇りでもあります。つまり、無限の可能性を秘めたヘヴィメタルという音楽を矮小化させないために行う作業を“腐蝕”と捉えるならば、それをする者の“王”、すなわち“腐蝕の王”になってやろう、という意気込みを歌った楽曲がこの「腐蝕の王」です。音楽をより良いものにする行為というならば、素直に考えれば“進化”、“昇華”、“融合”など、良い印象を与える言葉で表現すればいいわけで、事実、普通に陰陽座の音楽理念について語る際にはこのような言葉を用いますが、この「腐蝕の王」であえてその行為を“腐蝕”と表現したのは、今回の『覇道明王』で自らの行く道を“覇道”と宣言したことが反映されているからです。“あいつらはヘヴィメタルを腐らせている”という批判を恐れていては、誰も聴いたことのない、意義のあるヘヴィメタルを創ることはできない、という信念の宣言でもあります。“腐蝕”という言葉にある陰と陽を音楽的に感じられるよう、あたかも歌モノであるかのような歌謡性と、どこか禍々しさや不穏なものを感じるアレンジを融合させた、まさに“腐蝕”により生み出された楽曲と言えるでしょう。黒猫のヴォーカルも鮮やかに響き渡る部分と、感傷的に漂う、あるいは感情的に迫ってくる部分とが目眩く融合を果たしていますし、そのヴォーカルと相まって印象的なメロディやフレーズが耳を捉えて放さない、求心力の強い楽曲となっているのではないでしょうか。聴き始めと聴き終わりの印象の落差、あるいは聴く人によって捉え方の異なるという点は『覇道明王』の中でも随一の、とても面白い楽曲だと思います。

 

 

「一本蹈鞴」

“一本蹈鞴”という妖怪は、地方によって微妙に呼び名が変わる上にその姿形や成り立ちも様々で、人によって抱く印象が変わるタイプの妖怪だと思います。概ね“一つ目”で“一本足”、という風貌が多く伝えられているようで、“一本蹈鞴”の“一本”という部分に関しては“さもありなん”という感じなのですが、“蹈鞴(たたら)”がどこから来ているのかについては、あまりはっきりした言い伝えが見当たらないのが興味深いところです。「一本足で宙返りしながら足跡を残す」というような記述を見ると、“蹈鞴(足で踏んで風を送る大型のふいご)”という本来の道具を意味するというよりは、そこから生まれた“たたらを踏む(勢いあまって空足を踏む)”のほうをイメージして付けられているのではと個人的に推測するわけですが、そう推測しておきながら“一本の大足(全身)でふいご(蹈鞴)を踏み、金属を精錬する”という一本蹈鞴がいてもいいじゃないかという気持ちで創ったのがこの「一本蹈鞴」です。案の定(?)、懸命に、ひたむきに、黙々とふいご(蹈鞴)を踏んで鉄を精製し、その鉄を練り上げて何かを創り上げる……そのような光景を思い浮かべているうちに、その様子が陰陽座の歩みと重なるな、などと思ってしまい、結果として“蹈鞴を踏んで鉄を錬る妖怪を陰陽座になぞらえた楽曲”というものになってしまったのでした。もっとも、ある妖怪を陰陽座になぞらえる、という手法自体これまで数多くやってきていることですので、こんなことはもはや陰陽座(瞬火)の通常運転、という感じでしかないかもしれません。力強くふいごを踏む姿や実直な心境を表すため、骨太でドッシリとした印象の楽曲になるよう心がけましたが、ただ単に重量感だけを追い求めたのではなく、ふいご(蹈鞴)という道具を踏むことでその機関がリズミカルに動作する様子であったり、そこから飛躍して鍛冶の行程に入ったあとの、金属を打ち鍛える相槌(二人一組で槌を打つこと)の打てば響くような軽快さなども意識した、“気持ち良く乗れる骨太な楽曲”というものに仕上げたつもりです。“踏む”という言葉が軸になった楽曲なので、それをインパクトのある音で表そうとした結果、“ワウを使ったベースソロ”というパートも加わってしまいました。ワウペダルを踏むという行為とふいご(蹈鞴)を踏む行為とを重ねているというわけです。実に単純な連想ではありながら、何かを踏んでいる様を分かりやすく音に表せたのではないかと思っています。

 

 

「飯綱落とし」

“飯綱”というのは一種の憑き物を指す言葉であったり、管狐を使役する妖術使いの呼び名である“飯綱使い”というところで使われたりもしますが、この楽曲で言う“飯綱”はこのどちらでもありません(そちらの“飯綱”も今後題材にしたいと思ってはいますが)。 ここでの“飯綱落とし”とは、「カムイ伝」などに代表される忍者作品に登場する忍法の名前です。空中で相手を抱きかかえるように捉え、そのまま真っ逆さまに落下して相手の頭を地面に叩きつける(自分の頭は地面に付かないようあらかじめ身体をずらして組み付く)という、原始的ながらも必殺と言える忍法のひとつですが、この“飯綱落とし”が登場する楽曲なのでそのままこの曲名になりました。忍者や忍法が出てくるならこれはいわゆる“忍法帖シリーズ”なのでは?と思われるかと思いますが、過去の作品では「卍」という楽曲も、忍者の話でありながら“〜忍法帖”とは付かない外伝的な扱いでした。「飯綱落とし」もまた同じ性質の楽曲であるわけですが、同じなのはそこだけではなく、まさにその「卍」という楽曲で初登場したひとりの“くノ一(女性の忍者)”がこの「飯綱落とし」の主人公なのです。“やりきれぬ運命に翻弄され、絶望を抱えて戦い続けるくノ一シリーズ(?)”の最新作ということになります。あえて彼女(くノ一)を呼ぶとすれば、刀を振り上げた者に漏れなく落ちる、という意味で付けられた渾名である“カミナリ”が相応しいでしょうか。「卍」で登場し、そこからやや過去に戻って「神鳴忍法帖」でその苦悩を語り、「氷牙忍法帖」で己の運命を断ち切る決心をするところまでが描かれましたが、今回の「飯綱落とし」では、時間軸としては「氷牙忍法帖」の直後が舞台となっており、“自分の生き方を操り、もてあそんだ者たちに牙を剥くため組織を抜けた彼女を待つモノとは……”というお話になっています。組織を抜けた忍者、すなわち“抜け忍”となった者には必ずそれを粛正するための“追っ手(追忍)”が差し向けられます。今回の「飯綱落とし」では、無敵の強さを誇る“カミナリ”の前に、「カムイ伝」のカムイに匹敵する力──つまりこれも無敵の強さということになりますが、それほどの手練れの忍者が追っ手として立ちはだかることになります。その追っ手の必殺技が“飯綱落とし”というわけです。その強敵を前に“カミナリ”は勝利をおさめることができるのか……顛末は楽曲の中で語られています。楽曲の世界観についての説明が異様に長くなりましたが、むしろこれが何についての曲か、過去のどの作品と地続きなのかというようなことはすべてどうでもいい!と言っても良いほど、分かりやすく、何も考えずに身を委ねられるタイプのヘヴィメタルだと思います。リフの高揚感と全体の疾走感、そして黒猫による、まさに“無敵”と言うに相応しい圧倒的なヴォーカルと、狩姦の炸裂する忍法(ギターソロ)。陰陽座の分かりやすいヘヴィメタルの中に、またひとつ名曲が誕生してしまったと思っているのは僕だけではないと信じています。特に黒猫の歌に関しては、剛柔を使い分けるだけに止まらず、“剛(つよ)いのに儚い”、“柔らかいのに貫くような芯がある”というような、言葉にするのは簡単でも実際にそう歌えと言っても至難の業であるはずの難しい表現を、もののみごとに体現していると思います。このような歌が歌える現役のヴォーカリストを、僕は黒猫以外に知りません。

 

 

「鉄鼠の黶」

約束を反故にされ、誇りを傷つけられたことを激しく怨んだ末に憤死した天台宗園城寺の頼豪という阿闍梨(高徳の僧の呼び名)が、鉄の牙を持つ大鼠になって化けて出た妖怪──それが“鉄鼠”です。皇子誕生の祈祷が成功すれば褒美を与えるという約束を反故にしたのは白河天皇(白河院)ですが、その背景には、当時園城寺と対立関係にあった延暦寺の工作があったと言われています。化け鼠となった頼豪は、この謀略を仕掛けた延暦寺に復讐せんと無数の鼠を引き連れて襲撃しますが、延暦寺は頼豪を神として祀ることでその怨念を鎮めた、ということになっています。この物語を自分なりに咀嚼して楽曲にしたのが「鉄鼠の黶」というわけですが、話の軸としたのは“念仏を唱えてメデタシ、メデタシ、という結末への懐疑”と“頼豪が相手にどう贖わせようとしたか”という点でした。“念仏を唱えて〜”というほうに関しては「累」という楽曲の中などでも大いに反発しましたが、今回の「鉄鼠の黶」でも、そんなことでは済まされない、という捉え方をしています。“〜どう贖わせようと〜”ということに関して言うと、同じく「累」に於いては“殺された恨みを晴らすため呪い殺す”という、単純明快にして当然至極なものだったのに対して、この頼豪阿闍梨のお話が、“そういうお話”でいいのかどうか、と首をかしげるというのが出発点だったわけですが、軸としたことを一つにまとめれば、“念仏を唱えても済まないほどの強い怨念に対してどう贖わせようとしたのか”というのがこの「鉄鼠の黶」の大きなテーマということになります。高い徳を積んだ高僧である“阿闍梨”の位にある頼豪が、憤死するほど悔しかったとはいえ、“殺された”のではなく“憤った末に自らの意志で行った断食行により死亡”したわけですから、その相手に対して「てめぇ、ブッ殺してやる!」などと言うだろうか。言わないとしたら、その怨念の末に相手に何を求めるだろうか。そして、むしろそれだけ高徳な僧であれば、この場合、最も恨めしいのは誰であり、何であるのか……ということを自分なりに想像してこの楽曲を組み上げました。実際に曲を聴いて歌詞を読み、自分自身で読み解きたいという方はここから先を読み飛ばすことをお薦めしますが、僕が想像する頼豪が、自分を陥れた相手に求めたのは、心からの反省と後悔により流れ落ちる一筋の泪です。つまり、取り繕った言葉や行動ではなく、心の底からの謝罪を求めたというわけですが、相手もおそらくそれなりの高僧であり、約束を反故にした張本人に至っては時の天皇です。そういう立場にある者が、対等、あるいは目下の人間に心から謝罪をするという行為は──その人間性にもよりますが──自尊心が許さないことであり、それをすることで、その身分に於いて消すことのできない“黶”を残すことになるかもしれません。他人を陥れても平気な人間というのは、えてして自尊心だけは強い場合が多いからです。しかし、だからこそ、それができるのであれば命まで取るつもりはない、というのが僕が想像した、高徳な精神を持った頼豪の心境です。とはいえ、化け鼠になって寺を襲撃するほどの怨念ですから、“それができるならば命は取らない”ということは、できなければ……?というところも含んでいるのは言うまでもありません。この「鉄鼠の黶」に込めたのは、実はお坊さんというものを嫌いなわけではなく、むしろどちらかというと尊敬している僕の、むしろ尊敬できる存在であってほしいという祈りの気持ちです。明かな犯罪行為を除き、地味だからこそ許しがたい人道にもとる行為というものの中で、僕が最も忌み嫌うのは“してもいないことをしたとされる” こと、つまり“濡れ衣”というやつですが、その次に許せないのは“したにもかかわらずしていないことにされる”ことで、この物語はまさにそれによって生まれた怨念の妖怪の話だったため、感情移入がとてもしやすかったということも付け加えておきます。肝心の音楽についてですが、このような物語を比較的コンパクトにまとめることに成功した、聴き応えのあるものになっていると思いますし、今回のアルバム『覇道明王』に於いての純粋な“妖怪の物語”という役割を一身に担うに相応しい楽曲だと思っています。

 

 

「無礼講」

アルバム『覇道明王』の中でも、この曲に限っては解説や能書きなどは一切必要なく、豪快にして壮快、愉快・痛快・単純明快……“快づくし”な1曲、という言葉だけで事足りるのではと思っています。前作『迦陵頻伽』のラスト曲「風人を憐れむ歌」がややセンチメンタリズムに寄った“陰”の作風だったとするならば、この「無礼講」は完全な“陽”の発露だと言えるでしょう。もちろんこの場合の“陰と陽”に優劣や序列は一切ありません。どちらの面も常に共存しているのが陰陽座であり、人間です。あるのはそのどちらにフォーカスして楽曲を創ったか、という違いだけですが、今回は前作からの良い意味での反動により、思い切り“陽”な楽曲で締め括ることができた、というべきだと自分では思っています。陰陽座のライヴの空間は常に“無礼講”。自他の生命を全うし、全うさせるという、当たり前でありながら有り得難く尊い信念。そのことに共感し、それを共有し得る魂が、ほとばしりながら一つになって弾ける場所。そのことを真っ正面から愚直に歌ったこの「無礼講」を、実際のライヴで皆さんと一緒に歌う日が待ち遠しくてなりません。

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| - | 16:37
『覇道明王』サウンドの立役者

今回のアルバム『覇道明王』、

これまで以上にギターサウンドが

強力だと感じてくださっている方も

多いのではないでしょうか。

 

その強力なギターサウンドの立役者、

それがここでご紹介する

僕のオリジナルギター、

TWG-6(7)EXL Custom MATATABI です!

 

写真の下にさらに説明があります。

 

 

TWG-6 EXL Custom MATATABI「白虎」

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TWG-6 EXL Custom MATATABI「朱雀」

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TWG-6 EXL Custom MATATABI「青龍」

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TWG-7 EXL Custom MATATABI「玄武」

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それぞれの名前と役割は以下の通り、

順番は写真の順番と同じです。

 

・TWG-6 EXL Custom MATATABI「白虎」

 レギュラーチューニング用

 ※チューニングの関係で『覇道明王』では出番なし

 

・TWG-6 EXL Custom MATATABI「朱雀」

 全弦全音下げチューニング用

 「以津真天」「一本蹈鞴」「飯綱落とし」で使用

 

・TWG-6 EXL Custom MATATABI「青龍」

 全弦全音半下げチューニング用

 「桜花忍法帖」「腐蝕の王」「無礼講」で使用

 

・TWG-7 EXL Custom MATATABI「玄武」

 レギュラーチューニング用 7弦モデル

 「覇王」「覇邪の封印」「隷」「鉄鼠の黶」で使用

 

全部で4本、チューニングごとに役割を分けていますが、

すべて基本の仕様は同じで、

666mmというEXロングスケールを採用。

(666mmは約26.2インチです)

EMGピックアップを搭載し、

指板材はすべて、こだわりのハカランダです。

(ハカランダは僕が自ら探して入手しました!)

そして何と言っても、

僕がメインで使用しているベースたちと

同じシェイプのギター、というところが

このTWGシリーズの最大の特徴ですね。

 

詳しいスペックについては

ほどなくTUNEの公式サイトでも

公開されると思いますので、

ぜひそちらもチェックしてみてください。

僕も、詳しい使用感や音の特徴など

追々お話ししたいと思いますが、

まずは『覇道明王』サウンドの要を担った

楽器たちの勇姿を見ていただければ幸いです!

 

とりあえず、何というか、こう……

めちゃくちゃ格好良いギターですよねぇ(遠い目)

 

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