「神鳴忍法帖」
 

陰陽座の「卍」という楽曲(シングル『甲賀忍法帖』のカップリング曲)は、戦闘マシーンとして作り上げられた無敵の女忍者の苦悩を歌ったものですが、その女忍者が「卍」の中で「名乗る必要はない、二秒で終わりだ」と雑魚敵に言われるまでの、少し遡ったあたりの心情を描いたのがこの楽曲です。「卍」では苦悩しながらも闘いに身を投じることで吹っ切ろうとする雰囲気も垣間見えますが、この「神鳴忍法帖」ではその境地に至る前の、遣り切れなさを抱えた状態の心情が切々と語られています。

キャッチーなリフがフックになっていながらも、とにかくこの楽曲は黒猫の歌の表情の変化による展開が楽曲を支配しています。闘いたくなどないのに闘うしかない宿命を嘆き、呪う彼女(女忍者)の悲痛な心の叫びが聞こえてくるようです。その話に神鳴(かんなり=かみなり)がどう関わるのか、歌詞の中で解明されますよ。

ヘヴィメタル然としたリフが歌謡的なロックと何ら違和感なく融合するこのような雰囲気の楽曲は、陰陽座が結成時からヘヴィメタルを囲い込むのではなく押し広げていくことを信条として活動してきたことの賜物だと思っています。



| 楽曲解説 | 16:44
「天狗笑い」
 

骨太かつ軽快なこのイカした楽曲は、『雷神創世』の収録曲の中で非常に重要なフックになっています。こういう感じにイナたさとポップさを融合させる招鬼の持ち味には、この兄も「フ母に感謝せねばなるまいわが前にこれだけの弟を送り出してくれたことを!! from 世紀末救世主伝説)」と思ってしまいます。

招鬼の曲なので当然のように天狗絡みの内容になっていますが、今回の題材は天狗の中では地位は最下位、ゆえに多忙な狗賓(ぐひん)という天狗です。下っ端ならではの悲哀と、それでもめげない健気な姿を滑稽味たっぷりに描けたと思います。同音異字の偏(へん)と旁(つくり)を口頭で説明することの歯痒さをそのまま歌詞に取り入れた部分は、ロック史に於いて完全無視されることが決定しているとはいえ、極めて画期的かつ痛快だと思っています。ちなみに狗賓くんがそんな説明を余儀なくされるのは、姿形が犬(狼)に似ているから犬呼ばわりされることに不満を覚えてという設定です。

ハネたリズムとズ太いリードギターの絡み、そしてそれを煽り立てる阿部(雅宏)さんのダーティーなオルガンがとても美味しい楽曲ですが、作曲者である招鬼のワウを所々に挟んだギターソロがかなり聴き所です。ずっとワウワウさせず、所々というのがポイントですね。このソロに往年のブリティッシュハードロックの薫りを感じるのは僕だけではないはずです。



| 楽曲解説 | 16:43
「青天の三日月」
 

すでに発売済みのシングル楽曲ですので説明は不要だと思いますが、仮想歴史的解釈による伊達政宗と徳川家康によるもう一つの関ヶ原が描かれています。「蒼き独眼」「紺碧の双刃」に続く政宗三部作の完結編と言うべき成り立ちですが、同じ戦国武将の曲を3つも作ったわりには、3曲通して伊達政宗という武将の生き様や心意気をしっかり描けたと自負しています。

今回『雷神創世』というアルバムに収録するにあたり、音像を他の収録楽曲と合わせるため抜本的なリミックスが施されています。シングルバージョンとの比較という意味では少し顔つきが違うなという部分で楽しんでいただけると思いますし、純粋に『雷神創世』の中の1曲という意味では、他の楽曲と何ら違和感なく聴けるものになっているはずです。

この曲に限った話ではありませんが、陰陽座が何かとタイアップするときは、ほとんどの場合単に楽曲を提供するというものではなく、陰陽座の音楽をそのままこの物語にもたらして欲しいという熱意を持ったオファーをいただいています。それがアニメであれパチンコであれゲームであれ、名前を貸すだけのタイアップではなくその信念で熱い楽曲を書き下ろしてほしいという気持ちに応える形でタイアップしているわけですので、余っている楽曲を割り振って提供することは皆無です。ということは、そのオファーがなければ生まれてこなかった楽曲ばかりということになりますので、この「青天の三日月」をはじめとする数々のタイアップ楽曲を生み出すきっかけを与えてもらえる機会には感謝するばかりです。



| 楽曲解説 | 16:42
「累」
  

13分に迫る大作ですが、題材はもちろん、江戸時代に大流行した物語『累ヶ淵』です。さらに言えば、そのお話の元となった、実際にあったとされる事件とその登場人物の心情を主題とした楽曲です。当然のことながら、単なる怪談的に語るのではなく累(るい)や助(すけ)といった登場人物の気持ちになって物語を紡ぎました。

『累ヶ淵』の筋については本やインターネットなどで触れてみていただきたいと思いますが、語弊を恐れず要約すると、顔が醜いというだけで疎まれ、実母あるいは義父に命を奪われた少女(助)と、まったく同じ理由で夫に殺害された、少女(助)の妹にあたる女性(累)が、後に血縁の少女を憑代に化けて出るも、偉いお坊さんの念仏と説教により成仏するというお話です。多少ディテールに差はあるものの、大筋ではこれが『累ヶ淵』という物語です。僕はこの『累ヶ淵』をずっと楽曲の題材にしたいと構想を温めていましたが、時代性などを考慮すれば一概に現代の我々が非難することができないはずの親による子殺しにも、絶対に許しがたい例というものはある、という点に最も拘って物語りを脚色しました。

その昔、生んでしまったもののどうしても喰わせていくことが困難で、泣く泣く我が子を手放す(生死は別として)ということは決して珍しいことではなかったようですが、その根底にあるのは「むざむざひもじくて辛い思いをさせるくらいなら」という慈悲や哀れみでなければなりません。しかし『累ヶ淵』の資料には(少なくとも僕が参照した多くの資料はすべて)助が殺された経緯について顔が醜いことを疎ましく思った義父(実母)がその命を…”と記述されています。それはつまり、その子のことを哀れに思っての行為ではなく、単に利己的な、それも容姿などというくだらないことの優劣のみで命を破棄したということを裏付けています。疎ましいとは何事かと。そのような行為に、言葉にもできないほどの凶悪さと下劣さを感じるのは僕だけではないでしょう。助の妹である累も、命を助けたことが縁で夫婦になった夫に、同じような理由で殺されてしまうのです。

僕がこの「累」という楽曲で果たしたかったのは、そんな理由で殺された助と累という2人の女性の仇討ちです。最後にお坊さんの念仏で除霊されてメデタシメデタシ、という筋にもまったく納得がいきません。贖うべき殺人者が守られ、殺された者が悪霊として退散させられるとは何事なのかと。その理不尽さを、せめて自分の楽曲の中だけででも改め、化けて出てきた累と助に、思いを遂げる自由を与えてあげたいと願って完成したのが、この「累」です。 

2人(累と助)が憑依したかのような圧倒的な説得力を持った黒猫の歌声といい、それをギターで表現した招鬼・狩姦のソロといい、物語に魂の鼓動を刻む誠さんのドラムといい、場面ごとに必要不可欠な雰囲気を演出する阿部さんのピアノといい、すべての面で、実際の言い伝えや伝承をもとにした陰陽座の大作的楽曲の中でも出色の完成度だと確信していますし、これこそ陰陽座にしかできないタイプの音楽だと言い切りたいと思います。



| 楽曲解説 | 16:39
「蜩」

 

“ひぐらしは夏の終わりを想起させることから秋の季語になっている蝉ですが、確かに、どんなときに聴いてもあの鳴き声にはもの悲しさや寂しさを感じさせる響きがあります。その響きと、盛んなる時期をに例えるという前提で捉えたを想うということ。さらに秋を意識することでやがて来る冬(終わり)に想いを馳せること。そこにある無常の念をそのまま楽曲にしてみました。未だ人生が春の段階にある方やまさに夏真っ盛りと言える方よりも、僕と同じようにそろそろ秋を迎え入れなければならない、という方に共感していただけそうな内容ですが、どのような段階にある方にも、季節は必ず過ぎゆくということを想ってみていただければ幸いです。

阿部さんによる空気を編むような繊細でしっとりしたピアノをバックに、黒猫の歌がまさにその無常の念を切々と歌い上げており、叙情的かつ普遍的な趣を持ったこの楽曲のテーマを見事に歌へと昇華させています。最初の一言目を発するときの気持ちの入れ方にすべてをかけたとは黒猫本人の言葉ですが、まさにそれは成功しており、歌い出しの声がまとう空気がこの曲のひぐらし感を完成させていると思います。



| 楽曲解説 | 16:37
「而して動くこと雷霆の如し」
 

『風神界逅』の「故に其の疾きこと風の如く」と対を為すようなタイトルですが、それもそのはず。こちらも『孫子』の軍争篇の一説を取り入れたタイトルです。(動くこと雷霆の如しのくだりは、知り難きこと陰の如くと共に、かの有名な風林火山の旗では省略された部分です。而してはタイトルとして付け足した部分でしこうしてと読みますが、しかしてそしてとも読み、意味もそしてと同じです)「故に其の疾きこと風の如く」で人生の疾きことを理解(納得)した後は、その疾き人生をどう歩むかを再確認したいという気持ちから生まれた楽曲です。今回の2枚のアルバムで、唯一相互の関わりがある楽曲ですね。一瞬の刻も無駄にできない人生に於いて、何かを行う(動く)ことがあるのならば、その覚悟と勢いは雷霆の如き強力なものでなければならない、という解釈です。その雷霆の如き力を以て一歩一歩着実に踏みしめ、上ではなく前に向かって進むという風に、結局は陰陽座の信念に直結する話でもあります。

重厚な構えのまま突き進むようなイントロと、漲った力が放たれる瞬間を切り取ったような歌の流れ、鮮烈で高揚感のあるサビ、とヘヴィメタルバンドとしての面目躍如と言えるとともに、陰陽座ならではとも言えるキャッチーさも備えた楽曲。雷霆の如く放たれる狩姦のギターソロにも惚れ惚れしてしまいます。



| 楽曲解説 | 16:36